大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和31年(ワ)2703号 判決

東京昼夜信用組合

事実

原告学校法人東邦大学は請求原因として、訴外小幡力は昭和二十八年十二月頃原告大学の会計課長として原告大学習志野分校の総括的事務を担当し、右事務についての代理権及び原告代表理事の代理として金三万円程度の小切手又は約束手形を振り出す権限並びに預金の預け入れ、引き出しについての代理権を有していた者、被告東京昼夜信用組合は当時宏和信用協同組合と称し、中小企業等協同組合法に基き設立された信用協同組合として法人格を有し、その定款の目的たる事業は同法第九条の八に定められたところであつたが、昭和二十年十二月八日、小幡は前記権限を越えて原告のために、被告組合代表理事毛利松平は前記被告組合の目的内の業務執行として、互いに次のような原被告間名義の定期預金契約を締結した。

1  預金額 金五百万円

2  期間 昭和二十八年十二月八日より同二十九年三月八日まで三ケ月

3  利息 年四分一厘

4  金五百万円の預け入れ方法は、小幡が原告名義で金額五百万円の約束手形を被告に振り出し、被告は割引手数料負担の上、右手形を額面どおり金五百万円で割引き現金化するが、右割引金を原告に交付しないで直ちに簡易引渡の方法により預金の預入れとする、即ち小幡が原告名義の手形を振り出せば自動的に原告の預金の預入となる。

右のような約定に基ずいて小幡は同日原告名義で振出日昭和二十八年十二月十日、満期同二十九年三月十日、支払場所千葉銀行船橋支店とする訴外北日本産業株式会社宛金額五十万円の約束手形二通、訴外城北土建株式会社宛金額百万円の約束手形四通を振り出し、被告にそれぞれこれを交付し、同月十五日更に被告の要請により右城北土建宛の手形四通を宛名を白地とする金百万円の約束手形四通に書き替えた。

ところで、前記小幡のなした右預金並びにこれに伴う手形振出行為は無権代理行為となるから、原告は被告に対し昭和三十年四月十三日本訴を提起して右行為を追認した。よつて原告は前記小幡のなした預金契約に基ずき、被告に対し、預金五百万円の返還と右預金を預け入れた昭和二十八年十二月八日以降完済に至るまで年四分一厘の割合による約定利息金の支払を求めると主張し、さらに予備的請求として、右預金返還請求が理由のないものならば、被告は法律上の原因なくして原告名義で振り出された金額合計五百万円の約束手形六通を不当に利得し、且つ右手形を被告の債務の弁済として昭和二十八年十二月八日金額五十万円の手形一通を訴外北日本産業株式会社に、同月二十五日金額百万円の手形一通を訴外株式会社定徳会に、翌二十九年一月二十九日金額五十万円及び百万円の手形各一通並びに同年二月二日金額百万円の手形二通を訴外株式会社宇津権右衛門薬房にそれぞれ譲渡し、そのため原告は右手形金相当の損害を蒙つたものである。よつて原告は被告に対し、右不当利得金五百万円並びにこれに対する昭和三十二年十二月十日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める、と主張した。

被告東京昼夜信用組合は抗弁として、原告は本件預金契約の預金預け入れ方法は手形の割引による割引金の簡易引渡の方法によると主張するが、原告は被告組合の組合員でないから、原告の手形を割引くことは被告組合の定款の目的外の行為であり、従つて被告組合の行為としては無効である。本件預金契約は手形の割引金を前提としているのであるから、これが被告組合の行為として無効である以上、預金の預け入れはなく、契約は成立していないことになる。

又小幡のなした本件預金契約並びに約束手形振出の行為は何れも原告を代理する行為ではないから、原告の無権代理行為追認の主張は理由がない。何となれば、小幡は右行為をするについて毛利と通謀の上本人たる原告にその法律効果を帰属せしめる効果意思がなく、単に原告名義を冒用したに過ぎない。従つて本件約束手形は偽造手形で無効である。と主張し、原告の予備的請求に対しては、被告の受け取つた本件約束手形六通のうち金額五十万円の約束手形二通、金額百万円の約束手形三通は被告が紛失したもので、被告の債務の弁済として他に譲渡したものではない。しかして本件約束手形は前に述べたとおり偽造手形であるから、被告の本件手形取得自体は何ら被告の利得となるものではない。又、残り百万円の約束手形一通は、被告が訴外株式会社定徳会に対する他の約束手形の支払延期を求める際保証として譲渡したものであるが、右訴外会社は原被告に対し東京地方裁判所に右手形金請求の訴を提起したので、被告は右会社と本来の債務について和解をなし、右手形の返還を受けて現にこれを所持しているから、被告において右手形による利得は受けていない。

さらに原告は本件手形により五百万円の損失を蒙つたと主張するけれども、そのような事実はない。即ち、原告は訴外株式会社宇津権右衛門薬房から本件手形のうち金額合計百五十万円の請求を受けこれについて調停が成立し、右債務のあることを確認しているが、これは原告の新たな債務負担行為であつて被告の関知しないところであり、又右調停によれば百五十万円のうち五十万円については免責条項が附してあるから、実質的に負担する債務は百万円に過ぎず、その余の本件手形については原告は全く損失を蒙つていない、と抗争した。

理由

原告大学津田沼分校事務局次長訴外小幡力と被告組合代表理事毛利松平との間に、原告主張のような本件預金契約が締結されたこと、右小幡が原告主張のように原告名義で金額合計五百万円の約束手形六通を振り出しこれを被告組合に手交したこと、及び被告が昭和二十八年十二月八日付で原告名義の金五百万円の定期貯金証書を作成して原告に交付したことは争いがない。

そして原告は右約束手形六通は前記小幡力が原告のために無権代理で振り出したものと主張し、被告は右は小幡の偽造手形であると抗争するので判断するのに、証拠を綜合すると訴外小幡は原告のために無権代理で本件手形を振り出したことが認められる。そして、原告が小幡のなした右無権代理による手形の振出を追認したことは争いがない。

ところで被告は右手形の割引による預金受入は無効であると抗弁するので按ずるのに、中小企業等協同組合法第九条の八第一項によると信用協同組合の事業としては一、組合員に対する資金の貸付二、組合員のためにする手形の割引三、組合員の預金四、前各号に附帯する事業が定められており、証拠によれば、被告組合の定款にも同様の定めのあることが認められる。

そこで本件のように、被告の組合員でない手形の割引は、同条並びに同定款が特に組合員のためにする手形の割引と限定していて、その趣旨が同法第一条に規定する如く、同法により設立された組合は中小規模の事業者、勤労者その他国民大衆が相互扶助の精神に基ずき協同して事業を行うため組織されたもので、そのため組合員にのみその必要な金融を行うことを目的とすることにあるのであつて被告組合の附帯事業の中には含まれないものと解すべきである。従つて本件手形の割引は被告組合の目的外の行為として無効であるから、右割引を前提とする本件預金契約は預金の預け入れがない以上、預金契約は成立していないものといわざるを得ない。

してみると原告の預金返還請求は爾余の判断をまつまでもなく失当として棄却を免れない。

次に、原告の予備的請求について判断するのに、

(一)  証拠を綜合すると、被告は訴外株式会社宇津権右衛門薬房に対する金三百万円の約束手形金債務並びにその利息債務の弁済として昭和二十九年一月二十七、八日頃金額合計百五十万円の本件約束手形二通、同年二月二日、金額合計百万円の同様手形二通を譲渡したことが認められる。被告は右手形は被告組合が盗難に遭つたものであると主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

(二)  証拠によれば、被告は訴外株式会社定徳会に対し金額百万円の約束手形一通(甲第四号証の五)を譲渡したことが認められる。

(三)  証拠を綜合すると、被告は甲第三号証の手形を訴外北日本産業株式会社に譲渡し、同会社は更にこれを訴外向島石炭株式会社に譲渡したことが認められる。

(四)  ところで、証拠によると、原告は訴外株式会社宇津権右衛門薬房と本件約束手形のうち二通金額合計百五十万円の手形金債務について内金百万円を支払えば残金五十万円は免除される旨の調停が成立して右金百万円を支払つたこと、並びにその余の約束手形二通金額合計二百万円の手形金請求については係争中であることが認められる。従つて原告の蒙つた損失は現在のところ、右調停により原告が支払つた金百万円であるといえる、この点に関し被告は、右調停は原告の新たな債務の負担行為で被告の関知しないところであると抗争し被告の利得と原告の損失との間の因果関係を否認しているが、右見解は到底採用の限りでない。

(五)  証拠を綜合すると、原告は昭和二十九年五、六月頃訴外向島石炭株式会社に対し金五十万円の手形金を支払つたことが認められる。

(六)  証拠によると、訴外川崎定徳会に対する手形金については被告が裏書をした関係から被告において右手形金について示談したことが認められる。

以上認定した事実によると、原告はその振り出した手形中合計金百五十万円の手形金を支払つたのであるから、被告はこれによつて右金員を利得したものというべく、その利得は預金の受入が無効であるという法律上の原因を欠くことによるものであつて、原告にとつては全く損失に帰したものというべきである。

従つて、原告の不当利得金返還請求は右金百五十万円及びこれに対する完済までの損害金の支払を求める範囲内においては正当として認容すべきであるが、その余は失当。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例